サーカス2055

ジァン・梅原

エピソード−1

−その2− .
...
ワカトは大きな紫外線防御液晶ハイシリコンガラス窓を背にして、室内全体が見渡せる自分のデスクに座り、端末のスイッチをオンした。
たちまちすべての電子機器に生命が宿り、ディスプレイに愛くるしいアニメーション合成画像の少女がにこやかにあらわれた。

「おはようございます、ミスターワカト、ごきげんいかがですか」
「おはよう、モモ、昨日からの情報サマリーをだして下さい」
「はい、承知しました」
可愛らしい少女は軽くおじぎをして画面から消えた。
次いでディスプレィには昨日から今朝までのDNCキタキューシュー管轄、世界の営業情報などが要領よくまとめられてながれて行く‥‥‥。
ワカトがキーボードを押すとそこの部分が停止し、さらに詳細な情報が報告される。

さきほどの『モモ』と名がつけられたアニメーション少女は、今ディスプレィを流れているビジネス情報には程遠い感じだが、スタッフの情報によると、CGでワカトが作り出した理想の女の子とのことだ。
ワカトによると「自分の娘」とのことだが、画像ができたのはまだ彼が若くて独身時代だったとの情報もあるので『ボスはどうもロリコンの気があるらしい』とは、彼のスタッフの意見だった。

不意に画像が途切れ、URGENT(緊急)の赤い文字がディスプレィに点滅すると、画面 いっぱいに都市の俯瞰(ふかん)画像があらわれた。
航空機からと思われる上空から映された都市は、ゆらゆらと揺れて見えた。
高層ビルが竹のようにしなり、次々と灰色の煙の中に崩壊し、または炎と黒煙に包まれて いる‥‥‥‥。
「何だあ、これは‥‥‥」
ワカトは悪夢を見ているような感じで思わずつぶやいた。
画面の下をテロップが走っている。
『ただいまトーキョーを地震がヒット中、規模はマグニチュード8と思われる。震源地は カワサキシティ沖、トーキョー、ヨコハマ、カワサキシティ全域に戒厳令発令 ‥‥、各シ ティのマザーコンピューターは機能を停止した。このため、トーキョー東部及びチバはウ ツノミヤ、トーキョー西部はコウフ、カワサキとヨコハマはオダワラのマザーが機能を代 行する‥‥‥』

画面のカメラはさらにバンして、トーキョー都市部を次々に映し出す。
高速道路がへびの様にうねって千切れ、車両がバラバラと振り落とされている。
フープライン(強磁性のフープを並べたラインの中を、磁力の反発で浮かんで走る高速列車 の軌道)を走っていた高速列車が転覆して、炎に包まれたガスタンクに突っ込んで行く。

室内のスタッフたちも、時間が停止したように凍り付き、硬直した表情で自分のディスプレィを見ている。
誰かが一般放送の三次元テレビのスイッチを入れた。
たちまち激しいものの壊れる音や爆発音を背景に、騒々しい報道アナウンサーの上ずった 声が室内に響きわたった。
同時にスタッフたちは硬直を解かれ、ざわざわと私語を始めた。

ワカトは親しい友人がいるチバ地区のキミツセンターを呼び出した。
しかし、ディスプレィは縞模様が映るだけだった。
舌打ちした彼が、別のセンターに切り替えようとキーボードに手をのばしかけた時、ノイ ズの向こうにゆれる室内が映った。
ノイズ越しに見る室内は、ロッカー類がたおれ、書類が散乱し、電子機器がひっくり返っ た惨澹たるありさまで、スタッフたちは小型消火器で、臓物をさらけだして火花を散らし ている電子機器と格闘の最中だった。

「これはとりこみ中でだめだな」
ワカトは別のセンターに切り替えようとした。
その時、会議用のスクリーンがピンポンと鳴り、沈痛な表情をしたキタキューシューセンター長がスクリーンに現れた。
後4週間で停年を迎えるというセンター長の、普段は上品な白髪とやせた精悍な顔も、こころなしか青ざめて見えた。

「おはようワカト君、すでにご存知の通りトーキョーが地震にヒットされており、本社の機能は壊滅したと推定される。
本社機能が崩壊した場合は、社の規定によりキタキューシューセンターが本社の業務を行うことになっている。したがって、我々がその任務に当たらなければならない。これから忙しくなるが、よろしくお願いしたい」
「わかりました、当社の被害状況について何か情報がありますか」
「いや、システムそのものがかなりの被害を受けたため、情報は断片的で不正確なものなので、まだ概略をつかむにいたっていない。各センターの被害状況をまとめ対策を立案するのはこれからだ」

「何かすぐに実行することがありますか」
「10:00から臨時のゼネラルマネジャー会議を行うので、スクリーンの前で待機願いたい。
なお、全社の営業統括業務を、只今現在から君にまかせたいと思うので、会議の前に必要な事項をまとめておいていただきたい」
「ラジャー」
センター長は、フッと気弱そうな表情で微笑み、少し手をあげてスクリーンから消えた。

「さあ、これから忙しくなるぞ」
ワカトはしばらくの間、光を失ったスクリーンを茫然と見つめていた後、気合を入れるよ うに口に出していった。
すでに彼のPCのディスプレィにコールランプが瞬き、彼の指令を待っている。

この地震は、その後『カワサキ沖地震』と命名されたが、経済大国の首都が壊滅してその 機能が停止したことによる世界経済へのダメージは大きく、その2年後には世界大恐慌が 引き起こされることになる。
もちろん、DNCに対する影響も生易しいものではなく、このシリーズのストーリーには随所に『カワサキ沖地震』の傷痕が見え隠れすることになろう。
(エピソード −1完)
.

ショーセツのINDEXにもどる

Topへもどる