彼岸鉄道

−第2回−

ジァン・梅原


不意に後ろから声をかけられ、私は振り向いた。
見ると私が小さい時、夏休みによく行った母の里のおばあさんだった。
「あ、おばあちゃん」
私はなつかしさでいっぱいだった。

「今日はまた、どうしてここにきたんかいの」
おばあさんは不思議そうに聞いた。
「こどもたちを連れてお花見ですよ」
私は娘と息子を紹介した。

「この子がリエ、小学校2年生、この子がエイチ、幼稚園です」
私はきょとんとしているこどもたちに言った。
「田舎のおばあちゃんのそのまたおばあちゃんだよ‥‥‥、ええと、ひいおばあちゃんだ」

「こんにちは、いいこだの」
おばあさんはニコニコしながらいった。
こどもたちは一瞬とまどったようだったが、あわてていった。
「ひいおばあちゃん、はじめまして」
「あっはっはっは、はじめまして‥‥、ね。いくつになったかの」
「ええと、私がね、8才、エイチは6才よ」
娘がお姉さんぶりを発揮してすぐに答えた。
「そうかい、お利口やね」

おぱあさんはふと、不安そうに私にたずねた。
「ところで、帰りの切符は持っているんやろうね」
「ええ、ちゃんと往復切符を買わされましたよ」
「そうかい、そうかい‥‥、ちょうどうちもお花見にきたところやから、一緒にきたらええと思うんやけど‥‥、懐かしか(懐かしい)人がいっぱいおるとよ」
おばあさんは安心したように笑顔でいった。

おばあさんとお祭の人ごみを抜けて桃の林に入ると、緑の草の上にはあちこちで人々が赤い敷物を広げて、お弁当を食べたり、楽しそうにおしゃべりをしたりしていた。
ところどころでは、赤い紙の大きな傘を立て、その下の赤い敷物の上でお茶を楽しんでいる人々もいた。
「今日は珍しかお客さんを連れてきましたよ。帰りの切符を持っとるとですよ」
私とこどもたちは、赤い敷物り上で、ご馳走を真ん中に、沢山の人々が集まっているところに案内された。
『あ、あれはユミオおじさん、あちらに座っている白髪のおじいさんは、私が小さい頃とても恐かったおじいさん‥‥‥、あの人は‥‥‥』

「ようきたのー」
「さあ、こっちにこんのー(いらっしゃい)、リエちゃんにエイチちゃん、お腹が空いとるやろう、これがおいしかよ」
「ヒデさん、立派になったね、ひとつ飲もうや」
私は夏休みやお正月、そして時々の出張で帰る度に会う、故郷にいる父母の様子を話したり、自分の近況や家族の様子を話した。

「そうかい、そうかい、そりゃよかったね」
みんな暖かく自分のことのように喜んでくれた。
本当に、もう何年も会っていない懐かしい人々に囲まれて、昔話はいつまでも続き、お酒も入ってふんわりした楽しい時間が、いつまでも続けばいいなと思われるほどだった。
「パパ、もう、お腹いっぱい、少し遊んできていいでしょう」
娘のリエが満足そうな顔をしてきいた。

「そうだな‥‥、いや、ちょっとまって」
私は帰りの電車が4時であることを思い出して時計を見た。
「あれ、もうこんな時間か」
時計の針は3時半になっていた。
「さあ、そろそろお開きにしようかいの、ヒデさんの帰りの電車の時間があるけんの」
ユミオおじさんの声で、みんな名残り惜しそうに立ち上がった。

「みんなお元気そうでよかったね。お父さんとお母さんによろしく」
「大変お世話様になりました」
私はみんなの見送りを受け、二人のこどもを連れて村の広場を横切った。
広場は相変わらず賑わっており、夕陽の中で屋台のかざぐるまがぐるぐるまわり、きつねやひょっとこのお面が赤くそまっていた。
私は村を出て橋を渡り、谷を迂回している道を通って駅前広場に出た。

小さな桃園駅のプラットホームに、夕陽を浴びて一両の電車が停まっているが見えたが、駅には人影がなかった。
「あれ、帰る人はいないのかな」
私はそう思いながら、ふと、今日会った昔の人々が、ずっと以前に死んでいることに気がついた。

「パパー」
不意に遠くで息子の声がした。
見ると谷の向こうに、夕陽にあかあかと照らされた息子が立っていた。
「あっ」
私は一緒についてきている二人のこどもを見た。
一人は娘のリエ、そしてもう一人は‥‥、息子と同じ年令と思われる‥‥、白い着物を着た女の子だった‥‥!。
「お前は誰だ!」
私は叫んだ。
「おにいちゃん、わたし、ミオちゃんよ」
小さな女の子は、私を真っ直ぐ見上げていった。
私は頭の中が一瞬空白になり、それから直ぐに叫んだ。
「帰れ、お前はきてはいけない」

私にはすぐにわかった。
女の子は‥‥、戦後の貧しい時代、幼くしてジフテリアで死んだ、かわいそうな私の妹だった。 ああ、あの時、血清さえあれば‥‥。
「わたし、あの場所しか知らない。つまんないの。もっと生きていたかった‥ ‥。ねえ、いいでしょう。いっしょにつれてって」
ミオは、大きな瞳だった‥‥、涙をポロポロこぼしながら訴えた。

「だめなんだ」
私は顔をそむけて大声で息子を呼んだ。
「はやく走ってこっちへこい!」
対岸の息子は、両手を上げて泣き叫んでいた。
「パパー、ここに見えない壁があって行けないんだ、たすけて!」
「何だって!、早く走るんだ。時間がないぞっ」
私は怒鳴りながら、息子を連れ戻すために走って戻ろうとして、なにか見えない壁にぶつかって転倒した。
瞬間的に私はミオを村に連れて行かないと、息子は村を出られないことを悟った。

「電車が出ますよ、早くきてください」
駅から声が聞こえ、発車のベルが鳴り始めた。
「ちょっと待って下さい」
そういいながら私はあわててミオの手をとろうとした。
「いやだ、いやだ」
ミオは私の手を振り切って、泣きながら駅の方へ走って行く。
残された私は、走って行く小さな妹と対岸の息子を、かわるがわる見ながら途方に暮れた。(完)

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