海の母星〜

第4部・頭上の影


ジァン・梅原

−その 2−

「ほえほえ〜」
ドーケシが掛け声とともにどたとだと走り出した。
ドーケシの背に乗ったモモは、風で後ろが持ち上がった真っ赤な大きなカイトを水平になるように調節する。
ただ、ドーケシが重いのでなかなかハングライダーは浮かび上がらなかった。
とうと斜面の端まで走って来てしまった。
もう後戻りは出来ない。

群集は、視線が届かない地点を過ぎても、なかなか浮かび上がってこないハングライダーに一瞬の不安を感じた。
「ああーっ」
みんなは思わず身を乗り出した。
重過ぎて、ハングライダーは浮かぶことなく、切り立った崖下に墜落してしまうのか‥‥。
みんなの心に冷たい風が「ざぁぁー‥‥」と吹いた時、大きな真っ赤なカイトが上昇気流に乗って浮び上がって来た。

「はいりほ〜、はいりほ〜、モモ、モモ、はいりほ〜」
群集は口々に叫んで手を振った。
他のカイトに比較して4倍くらいの大きな赤いハングライダーは、ゆっくりした動きでゆうゆうと群集の上空を旋回し、先のクラニョンたちの三角編隊の後ろについた。

続いてオレンジ色のケンハピーのカイト、そして最後に黒いカイトのカノンが飛び立った。
上空でモモたちは編隊を組んだ。
気流の状況をよく知っていて、みんなの訓練の先生でもあったクラニョンのグリーンのカイトが先頭になり、大きな真っ赤なカイトのモモを中心にして、右手前方はブルーのタワケモノ、左手にピンクのシュラバ、右手後方にオレンジのケンハピー、左手にブラックのカノンがついた。

「はいりほ〜、モモ、はいりほ〜」
人々は手を振って叫んだ。
モモたちは編隊を組みおわると、群集の歓呼に答えるように上空を旋回すると、砂漠に向かって進みはじめた。
やがて手を振って叫ぶ群衆が山の上で豆粒のように小さくなり、声が聞こえなくなると、あたりはハングライダーのシューシューと風を切る音だけになった。

「ほえほえ〜、こわいよぉ〜ん」
カイトの支柱にベルトで吊り下げられたドーケシが、足元を見て身震いした。

編隊は山脈の切り立った斜面上空を通っていた。
足元は深い峡谷になっていて、まばらに木々が見えていたが、やがて砂漠が近づくにつれて、ごつごつした岩山になって来ていた。
足の下2000パーセクも何もないと言うことは、何となくスースーした、あるいは十分にムズムズするような恐怖感が、ドーケシでなくてもあった。

やがてカイトは砂漠の上空に出てきた。
振り替えると、キララ王国は濃いブルーの屏風のように切り立った山脈のなかに溶け込み、もうその所在地を判別することも出来なかった。

ここまで来ると、ハングライダーはなんとか水平飛行を維持するだけになる。
と言うのも砂漠には太陽に熱せられて昇ってくる気流しかないため、もはやハングライダーを上昇させる力はないからだ。
したがって、今、地上に降りてしまうと、もはや飛び立つことはできないのだ。

クラニョンに誘導された編隊は、熱せられた砂漠から沸き上がる弱い上昇気流に乗って、東へ東へと飛んだ。
そして、山脈が完全に見えなくなり、360度砂ばかりになったころ、行く手に砂ほこりの雲がたっているのが見えた。

第4部−その3−に続く

しょーせつのINDEXに続く

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