SFファンタジー


海の母星〜

−第2部 モモ−

ジァン・梅原

−その11−

夕暮れ時はキラーたんぽぽが飛び交う時だ。
がけっぷちに群生する潅木は、夕暮れ時の風が静かになった頃、テラ(地球)のタンポポの様な紅い綿毛つきの可愛らしい種子を放出した。
ただ、この紅い綿毛の様なものは、種子を空中に浮遊させる重要な役割を果たしていたが、綿毛ではなかったし、第一この種子は、黄昏時から太陽が沈むまでしか生きられない、極めて短命な、一見ひよわそうな種子だった。

でも、この種子はとんでもない恐ろしい種子だった。
フワフワと崖下から来る上昇気流に乗って、のんびり空中を漂っていた種子は、太陽が沈むと綿毛がしぼんで、いっせいに急降下してきた。
その時、運悪く真下にいた動物がその犠牲になるのだ。

種子の先には鋭い針があり、動物の身体に突き刺さると針の先端が開き、抜けないように切っ先が逆さを向いたフックが出て来る。
そしてフックが出た後のパイプ状になった針の先から、髪の毛の様に細く強靭な高分子の繊維の様な白い根が出て来る。

敏感な動物は、一瞬チクッとするので振り払おうとしたが、いったん付着した種子はもはや通常の手段では抜けることはなかったし、直ぐに種子が出す麻酔薬で、痛みを感じなくなった。
しかし大方の動物は毛皮でできた厚い皮を持っていたので、たんぽぽの寄生に気がつかないことが多かった。
でも、種子は確実にその動物から栄養分をとって成長し、やがて背中や頭からキラータンポポを生やした動物が出来上がる。
最後にはその動物はタンポポに栄養分を吸い取られ死ぬことになるが、死ぬ前にその動物はつかれたように山に向い、山腹の崖っぷちで力尽きて死ぬ。
これは、キラータンポポの出す幻覚剤が動物を死の行進にいざなっているらしいが、この行動は死期を悟った象が、象の墓場と呼ばれるところに行って死ぬ現象によく似ていた。

寄生タンポポは動物が死ぬと、そのまま根を伸ばして地上に落ち着くことになる。
したがってキラータンポポは山地の崖によく群生していたし、その潅木の根は犠牲になった動物の骨を抱いていた。

「これは、引き返してどこか安全な場所にかくれ、夜になるのを待った方がよさそうですね」
シュラバが提案した。
「そうしましょう」
モモたちはとりあえず途中にあった小さな古びたレンガ作りの宿屋まで引き返すことにした。
最初、その宿屋を通り過ぎる時『なぜこんなところにポツンと宿屋があるのか』と思ったのだが、時間待ちのシェルターだったのだ。

昔は暗赤色のレンガで出来たと思われる宿屋の壁には、一面に緑色の蔦で覆われていた。
宿屋の入り口には、年代を思わせる様な銅製の看板がかかっていて、それには『Rose Inn Shuffle』と書かれてあった。

以下−その12− に続く



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