海の母星〜

第1部 トシオ

ジァン・梅原

−その1−

「トシオ、水ばかりの星が見えたよ」
ポンコツ宇宙船のオンボロコンピュータが、居住区で飲んだくれている男を呼んだ。
「なんだって、水ばかりの星だって?」
トシオと呼ばれた男、−−元・TFBI(地球連邦検察局)の精鋭トシオ・タムラは、さすがにアルコール漬けになっていても、反応は早い−−は、おぼつかない足取りでコントロール・パネルにたどり着くと、メイン・ディスプレィをオンした。
すぐにパネルの上部全体が画面になり、中央にみずみずしい明るい惑星が現れた。

このポンコツ宇宙船−−テラ(地球)のスタンダードタイプ・カーゴシップ(貨物船)のなれの果てだったが−−で、彼はたまたま任地の東カナルシティ(火星の首都)に行くところだった。
そして、宙航星図にもない小さな迷走彗星がこの船をヒットしなければ、TFBI付属カレッジを首席で卒業した彼は、今ごろ東カナルシティに無事到着し、前任者から事務引継ぎを受けているに違いなかった。でも、とにかく事件は起こってしまった。
彗星は船のコックピットを直撃し、一瞬の内に4名のクルーの命を奪った。
また、船ははずみでとんでもない方向に弾きとばされ、今では太陽系から遥か離れた見知らぬ星系を漂っていた。

生き残ったことが幸いかどうか、彼はたまたま非番で居住区にいたため助かったし、宇宙空間の生命維持装置−−酸素発生、代謝循環などの諸設備−−、彼が『ユウ』と名づけた、船の一部になっているヒューマノイドタイプの汎用コンピュータは一応無事だった上、船は食料運搬船だった。
でも、この船は中枢部を破壊されていたため、交信能力、自力航行能力を奪われており、むなしく宇宙空間を漂流するしかなかった。

通常、広大な宇宙空間で、行方不明になった宇宙船を探すことは、交信でもしない限り、海に落ちた針を見つけるに等しいと言われている。したがって、彼が救助されるチャンスはほとんどなかった。
それでも彼は希望を失わず、簡単な手作りの通信設備−−現在星間で使われているタキオン通信には程遠い原始的な電波通信機、1秒間に3万8千キロしか届かず、テラから太陽系中心のソル(太陽)までの至近距離でも、交信するのに28分もかかると言うシロモノ−−を使って、救難信号を発信し続けていた。

「本当だ、まるで水のボールが浮いているようだ。ユウ、大気の成分を測定してくれ」
『窒素75%、酸素24%、二酸化炭素1%、テラの大気とほぼ同じで、人間に害を及ぼす成分はないね。星の表面は、塩化ナトリウムを含んだH20で覆われて・・・トシオ、テラの海と同じだよ』
宇宙船は水の惑星に引き寄せられるように近づいて行く。
「ユウ、これはまずいよ。あの惑星の引力に捕らえられたようだ。この船はコントロールできないので、このままでは墜落してしまうよ」
『大気圏航行用の翼を出すよ。着陸地点の選択は出来ないけど、滑空するとこが出来るので着陸のショックは小さくなるね。トシオ、大気のある惑星に遭遇してラッキー』

やがてビューンと言う音と振動が聞こえた。翼を出している音だ。
続いてシュウシュウと風を切る音が始まった。ディスプレィいっぱいに水の惑星が広がってくる。
−−いきなり船は錐揉み状態になった。
彼は思いっきり天井に叩き付けられ、ついでテーブルの上にはたき落とされた。
幸い、イス、テーブルなどの調度品は、無重力になることを想定してしっかりと磁力で固定されていたので、室内で踊り出すことはなかったし、乗務員を傷つけないような材質で出来ていた。
「ユウ、もっと静かに運転してくれないか」
トシオはテーブルにしがみつきながら叫んだ。
『だって、この船、コントロール設備が破壊されてるんだよ。どうしょうもないよ』
「ユウ、翼は動かせるんだろ、流体力学ぐらい出来るのだろ?」
『あっ、そうか、トシオ、ごめんね』
たちまち船は静かになり、シュウシュウと翼が風を切る音が室内にかすかに響く。

その2 に続く


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