海の母星〜

第1部 トシオ

ジァン・梅原

−その11−

トシオはだんだん増えてくる家族のために、宇宙船の前の広場に工作ロボットの協力を得て大きな家を建設した。
着工して一応住めるようになってからも、彼は家に改良を加えていた。
家族の数が増加するにしたがって増築を重ね、昨年、草原を前に大きなホールを建設するなど、家は学校かクラブハウスのようになってきた。
ホールの前の芝生には、彼の趣味で白いテーブルやイスなどが置かれるようになった。

彼は穀物倉庫に運び込まれる小麦の袋を満足そうに見ながら、ハヤテに言った。
「そうだね、この分だと今年の冬も暖かく過ごせるね」
突然、シュッと矢が飛んできてトシオの右胸に突き立った。
彼は初め不思議そうにそれを見て、ブルブル震えている矢尻にさわった。
電流が身体を貫いたような痛さが、瞬間的に彼にTFBI(地球連邦検察局)のプロ意識をよみがえらせた。
顔を上げると、弓矢を持ち、獣の皮をまとった半裸体の男たちが丘を下りて、麦畑の中を走ってくるのが見えた。

彼は大声で叫んだ。
「ミネア!、戦闘態勢だ!この船と家の家族を守れ!」
続いて子供たちに指示を与える。
「全員家の中に避難!、ハヤテ、指揮を取れっ!」
ミネアはテキパキと戦闘態勢を整える。
先ず、ユウとその家族がいる大きな家はスッポリと透明な電磁バリヤーでおおわれ、次いで宇宙船もバリヤーで覆われた。
これでメガトン級のミサイルだって侵入することはできない。

それを見届けたトシオは、よろめきながら宇宙船に登るエレベータに駆け込んだ。
「ミネア、僕は負傷した。手当て頼む」
エレベータのドアが開いて、よろめきながら室内に出てきたトシオをミネアのサーチ光線が包み込んだ。
『トシオ、ひどい傷だよ。治療ベッドまで一人で歩ける?』

トシオが『ミネア』と名づけたヒューマノイドタイプのコンピュータは、10年の歳月を越えてなお、彼の大切な親友だったし、口振りも10年前と同じだった。
「ひどい傷だなんて・・・・、しっかりせよ、傷は浅いよ、なんて言えないのかな」
『だって、トシオに気休め言ってもしょうがないじゃない』
「うーん、ミネア、ディスプレィオープン!」
くちぶりとはうらはらに、彼は次第に身体から力が抜けて行くのを感じていた。
そして、しゃべるたびに泡のような鮮血が口の中にあふれ、彼はふと、『僕は自分の血で溺死するのではないか』、と思いながらたまった血を吐いた。

ディスプレィに、スッポリと電磁バリヤーに覆われた家と、そこにバラバラと弓矢を持った男たちが近づいて行く光景が写し出されていた。
獣の皮を着た5〜6人の男たちは何度もバリヤーに突撃を試み、その都度手厳しくバリヤーに跳ね飛ばされていた。
彼はそれを確認すると治療ベッドに横たわった。
ごほごぼと胸から吹き出した血が床にたまっていた。
『トシオ、傷はかなり重いよ。時間がないので少し痛いけど我慢してね』

パチパチと彼の周りで電流がはじけ、いくつも繰り出されたロボットアームが矢を切断し、引き抜き、殺菌消毒され、電気メスが傷口を焼く・・・・。
「ぐぐっ・・・」
彼の意識は、激痛に何度も暗い淵に沈み込んだ。
しかし、彼は元TFBIの優秀な職員だった。
しかも、今の彼は自分の家族を守らなければならないのだ。


以下 その12 へ続く


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