海の母星〜

第1部 トシオ

ジァン・梅原

−その5−

彼は乱暴に車を止め、ドアーを開けるのももどかしく外に飛び出し、ユウの家の門に駆け込んだ。
いつもユウを送って別れた玄関の厚いドアー、キンコンとのんびり鳴る押しボタン。
ドアーの向こうには目を泣きはらしたユウの母が立っていた。

彼女にしたがって入った室内、祭壇の前の白い棺、ユウはその中で白い花に包まれて眠っていた。
「ユウ・・・・」
トシオは膝頭が震えて前に歩けない・・・。
「ユウちゃん、トシオさんがきましたよ」
彼女の母が眠っている少女に呼びかける。
「ユウ・・・・、どうしてこんな・・・」
トシオは思わず棺に覆い被さる。

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「君のような優秀な男が、何故火星の東カナルシティの勤務などを希望するのか、僕にはさっぱりわからないね。どうしてだい」
TFBIの人事長官室。いらただしそうに机をファイルの角でたたく長官。

「幼なじみを交通事故で亡くしたとは聞いていたけど、理由はそんなことではないよな」
「いや、そんなことです」
彼はじっと長官を見つめる。
長官はしばらく彼とみつめっこをしていたが、諦めたようにファイルを机に投げ出した。
「とにかく、しばらく火星に行って早く頭を冷やしてくることだな」

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トシオは熱にうなされていた。
「ユウ、ぼくのユウ・・・・」
うなされながら彼は泣いていた。
不意に鋭い切っ先を水面から持ち上げて、今まさに飛び立とうとしていた宇宙船が、ズブズブと尾部から沈み、波間に消えていった。
「ユウ、ユウー」
大声で叫んだ彼は、思わずベッドから起き上がった。

部屋の窓から朝日が差し込んでいた。
「もう、朝なのか・・・・」
彼はしばらく天井をながめ、ここがあの退屈なポンコツ宇宙船−−気まぐれ彗星に衝突してボロボロになった、テラ(地球)のスタンダードタイブのスペースカーゴシップ(貨物船)
のなれの果て−−の船室ではないことに気がついた。

「そうか・・・、水の惑星に漂着したんだっけ・・・」
彼はゆつくりと視線を部屋の中央に移した。
テーブルがあって、火が消えた暖炉があって、その前に脱ぎ捨てられた宇宙服があって・・・、その向こうにドアーがあって・・・!。
不意に彼はドアーの向こうでかすかな音がしているのに気がついた。

以下その6 に続く

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